給料が上がっても貧乏です。賃上げの正体は、会社の引き留め費用でした

給料が上がっても貧乏です。賃上げの正体は、会社の引き留め費用でした






給料は上がったはずです。なのに月末はいつもカツカツすぎます。その感覚、気のせいじゃありません。月末の苦しさの分だけ、誰かの懐は温かくなっています。儲ける側と、払わされる側。数字の裏にあるのは、その奪い合いです。

1. 数字は「プラス」。でもレジ前では節約モードです

スーパーでは安い商品に手が伸びて、買い上げ点数も減り、安いプライベートブランドばかりが売れる。それが現場の景色です。日本銀行が10月8日に公表した地域経済報告も、節約志向が根強く、客数も買い上げ点数も減っていると書いています。

ところが統計は真逆です。厚生労働省の毎月勤労統計調査(2026年8月分)によれば、物価の影響を除いた実質賃金は前年同月比1.6%増(確報)で、8か月連続のプラスになりました。名目賃金にあたる現金給与総額は3.9%増で、物価の上昇率2.2%を上回っています。伸び率は前月より縮みましたが、プラスはプラスです。

でも、働く側の実感は違います。労働組合の全国組織である連合は、10月22日に確認した2027年春闘の基本構想にこう書きました。「暮らしがよくなったと感じる人は少数であり、個人消費は低迷している」。基本構想が引く連合総研の調査では、賃上げが物価上昇に追いついていないと感じる人が57%に上ります。

統計は「プラス」、レジ前は「節約」。どちらかが嘘をついています。嘘をついているのは、レジの前に立つ私たちじゃありません。

2. 賃上げの正体は、儲けの分け前じゃなく「引き留め費用」です

じゃあ、なぜ会社は給料を上げたのか。日銀の同じ報告に、答えがそのまま書いてあります。企業が賃上げをする理由の多くは「人材の確保・係留(引き留め)」。平たく言えば「辞められたら困るから」です。

つまり賃上げは、儲けの分け方を見直した結果じゃありません。人手不足のなかで人を逃がさないためのコスト、引き留め費用です。企業収益は高いというのに、です。それなのに賃上げは「働く人への配慮」のように語られる。コスト管理を善意に化粧する、その語り口は偽善でしかありません。ただし、会社が金を出さざるを得なくなったのは、働く側に辞める自由と声を上げる力があるからでもあります。引き留め費用という形でしか出てこないのは、その力がまだバラバラだからです。

上げられない側もあります。価格転嫁(コストの上昇分を販売価格に上乗せすること)が遅れて賃上げの元手を用意できない企業では、賃上げ幅が抑えられています。

給料は、生み出した価値の分け前として決まるんじゃありません。値段を決める力の強さと、人手不足の度合いで決まります。連合の基本構想は、低所得層ほど物価上昇の影響が大きいとも指摘しています。食料やエネルギーなど削れない支出の割合が高い家計ほど、平均の「プラス」は届きません。分け方の仕組みが根本から変わっていない。最初から変わる理由がなかった、という話です。

3. 100年以上前から言われてます。給料が増えても、分け前は減ります

マルクスは『賃金・価格および利潤』で、労働者が売るのは労働そのものじゃなく、労働力(働く能力そのもの)だと書きました。その値段は、働く能力を保ち、作り直すのに必要な生活手段(暮らしに必要なもの)の値段で決まります(第13節)。この「必要な暮らし」の中身は、時代と社会によって変わります。食べ物や家賃や光熱費が上がれば、能力の値段も上がるわけです。だから賃金が平均の物価に追いついても、必需品の重い家計では、給料は「能力の値段」を割り込んでしまいます。

とくに家賃が重いです。家賃には、土地を持っているというだけで受け取る分(地代)が含まれています。賃金が上がっても家賃がそれ以上に上がれば、上がった分は土地や建物を持つ側へ流れていきます。職場で分け前を削られるだけじゃなく、暮らしの入口でも吸い上げられるんです。ちなみに「サラリー」の語源はラテン語の「サラリウム」。古代ローマの兵士に渡された、塩を買う手当だと言われます。

同じ本でマルクスは、賃金と利潤の関係をむき出しにしています。賃金が下がれば利潤は上がり、賃金が上がれば利潤は下がる(第12節)。価値の総量が決まれば、一方の取り分が増えるほど他方は減ります。賃金と利潤は、同じパイの分け前をめぐる引き算の関係です。会社の取り分が膨らんだ分、こちらの割合は削られます。

さらに『賃労働と資本』でマルクスは、「相対賃金」という物差しを出しました(第8章)。新しく生み出された価値が、賃金と会社の利潤(儲け)にどう分かれるか、その割合のことです。給料が物価以上に増えても、会社の取り分がもっと速く膨らめば、こちらの割合は下がります。「増えた」と「報われた」は、ガチで別物です。「実質賃金プラス」は、分け方が良くなった証拠にはなりません。

4. 人手不足が終われば、この賃上げも終わります

いまの賃上げを支えているのは、私たちの交渉力じゃありません。人手が足りない、という事情だけです。企業収益は高水準。なのに賃上げの理由は「人材確保」止まり。人手不足が緩めば、同じ理屈であっさり止まります。

連合は2027年春闘で、定期昇給分を含め「6%中心、5%以上」の賃上げを目安に掲げ、実質賃金を1%上昇の軌道に安定させるとしています。問われるのは、この要求が大企業の「相場」で終わるのか、中小や非正規の職場にまで届くのかです。しかもその発想は、経営側との協調が前提です。価格転嫁を認めてもらい、払える範囲で分けてもらう。闘って取るのではなく、お願いして広げる。それでは要求は、最初から会社側の都合の枠内です。

物価の側も危ういです。実質のプラスは、名目の伸びが物価の伸びを上回る間だけの話です。必需品の価格が跳ねれば、すぐ反転します。8月の伸び率が前月から縮んだこと自体、その危うさの予告編です。

5. 分け前は、情けじゃなく力でしか動きません

「8か月連続プラス」を、暮らしが良くなった証明として飲み込まないでください。実質賃金の前年比は出発点にすぎません。問うべきは、給料が「働く能力の値段」に見合っているか、分け前がどちらへ動いたかです。

使える視点はこれです。賃上げのニュースを見たら、理由を疑ってください。「人材確保のため」なら、分配の転換じゃありません。究極的には、ただの引き留め費用です。

あなたの給料は、あなたが生んだ価値の何割ですか。その割合が動かない限り、「プラス」の言葉が増えても暮らしの順番は変わりません。分け前は、向こうが情けで譲るものじゃありません。儲ける側か、払わされる側か。その力関係でしか動かないんです。

労働者の意見

労働者ちゃん

「プラス」? マジで何言ってるの、って話だよ。私の給料は確かに少し上がった。でも月末の苦しさは1ミリも変わっていないの。値札が上がる速さに給料が追いついていないって感じる人が57%もいる。これが現場の正直な感覚だよ。

正直、上がったこと自体は嬉しかった。少しでも増えれば助かるし、会社だって物価高で大変なんだろうし、上げてくれただけマシなのかな、って思っちゃう。でも会社は儲かっているんだよ。賃上げの理由が「辞められたら困るから」だって? つまり人手が足りなくなきゃ、私の取り分は永遠に増えなかったってことじゃん。

ねえ主、聞いていい? それって裏を返せば、私たちが本気で束になれば、もっと取り返せるってことじゃないの?

主の意見

主

はっきり言います。「実質賃金プラス」は労働者の勝利じゃありません。8か月連続のプラスでも、分け前が良くなった証拠にはなりません。数字の改善に浮かれるのは、資本(会社側)の思うつぼです。

賃上げの正体は引き留め費用です。人手不足に追い詰められた会社が、しぶしぶ差し出したコストにすぎません。「上げてくれてありがたい」という形にされると、分け前を取り戻す話が、恵んでもらう話にすり替わります。取り分が動いたのは、会社の善意じゃありません。力関係です。

見るべき物差しは、生み出された価値のうち賃金が占める割合です。「増えた」と「報われた」は別物です。だから要求ははっきりしています。生み出した価値の分け前を、職場を越えて束になって取り戻すこと。人手不足の波に任せ、会社側が払える範囲に要求を閉じ込める改良主義(会社と争わず、少しずつ分け前を増やしてもらう考え方)の路線では、本質的には何も取り戻せません。

これは分け合いの話じゃありません。奪い合いの話でしかありません。そして奪い合いの先には、もっと根本の問いがあります。働く能力そのものを売らなければ生きていけない仕組みを、変えられるかどうかです。

参考

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